人気テレビ番組のなかでも、家の改装をテーマにした所ジョージの『大改造―劇的ビフォーアフター』の視聴率は高い。授業中もたびたび、先週の大改造が面白かったと教えてくれる受講生がいたし、録画提供もあった。そのなかに「その新しい家に住む者たちあるいは家族は、その新しい家のなかでもすぐに設計者の意図に反する面白い住み方を始めるのではないか。住むとは、設計者の意図を裏切りつづけることである」という感想がまじっていた。
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住人の側から、住むという行為の積極性が認識されはじめている。マンションやワンルームの住人は、転居のたびに原状回復という名のリセットを行わなければならなかった。リセットにより、記憶も物語も消されてしまう。リセットを繰りかえした後、今は他人の古家に住む若者たちは、壁の汚れや柱の古傷の由来を知っているわけではないが、慈しんでいる。他人の記憶や他人の物語の継承が始まっているのではないか。血縁家族の時代には、先祖を祀る祭儀が義務であり、ご先祖の物語が血縁者によって引き継がれていた。先祖の記憶の継承と他人の記憶の継承は違う。他人の記憶の継承は、一団となる共同体的な集まり方ではない、違った者同士が共存するあり方にヒントをくれる。ルームシェアが、他者と空間を分けあうことだとすれば、他者の記憶の継承は時間を分けあうことであろう。逆に、家族や親戚が地球の向こう側とこちら側に別れて住みながら、連絡をとりあうケースも増えている。